さて、そうこうするうちに術後一ヶ月検診の日がやってきました。
考えてみれば、外来で待つのは入院前の検査以来のこと。
これから何年もここで診察を待つのだなーと思うと、感慨深いと言うより、陰鬱な気持ちになる。
当時は、せめて新しい病院で、洗練された待合室だったらいいのになーと思っていた。
しかし仮に新築の病院だったとしたら、それでも何か理由を見つけて「陰鬱だ」と感じたのだろうと思うのです。
ようするに、「ウキウキしながら検査を待つ自分」なんて想像できないんですね。これは今でも変わりありません。
僕は、病期分類を図解したホームページをプリントして持参しました。
この一ヶ月検診で何か問題が発見されるとはさすがに思ってない。
僕の目的は、自分の癌が何物だったのかを明確にすることだけ。
そういう意味では待ちに待った一ヶ月検診だったのです。
相変わらず予約時間は「目安」というより「記入しないわけにはいかないから」程度のもので、確か1時間くらいしてようやく呼ばれたのだと記憶しています。
で、これは鮮明に覚えているのですが、主治医はこの時、いわゆるこういう場面での常套句である「その後、いかがですか?」を口にしなかったのです。
確かいきなり「検査結果は・・・」と言い出したのですが、実は、その後5年間にわたって「具合はどうですか?」や「何かありますか?」と聞いてくれたことがない。
・・・うーん、あれはドラマの世界だけのことなのだろうか?
ちなみに思い出してみると、この主治医だけではなく、他の個人医院などでも聞かれた記憶がないのです。
一般的にはどうなんでしょうね?
さて、うかうかしているとさっさと帰されてしまうので、僕は急いでプリントした病期分類の図解を主治医に差し出しました。
主治医は「shigeoさんは、よく調べているね〜」と呑気に感心しています。
(患者に調べさせないで、病院が出すのがホントでしょ!)と、心の中で毒づく僕。
「うーん、ここかな」と主治医が指さした箇所は「T2(癌浸潤が筋層に及ぶが筋層を越えていない)」でした。
と言うことで予後は、T2=25〜65%。
最大値は・・・0〜65%。
・・・これでは喜んで良いのか落胆すべきなのか、余計にわからない。
実際、医師はこういう場合、どうみるのだろう?
素人的には重なった部分を見るのかなーとも思う。
すると、2つの異形度の予後と一つの病期分類による予後の全てが重なる値は、25〜30%。
う〜ん、これでは悪すぎる。
と、こんな個人的な「思い」で捉えた数値に、意味などまったくないわけですが、当時の僕は真剣すぎて、そんな当たり前のことにまったく気が付きませんでした。
不思議なもので5年生存率65%と考えると一瞬はホッとするのだけど、直ぐに「そんなわけはない」と不安に包まれる。
25%と考えると、いったんは「こんなもんだろうな〜」と思うのだけど、途端に「そんなはずはない」と否定したくなる。
予後が良いのがいいのか、悪いのがいいのか、自分の命なんだから、良い方がいいに決まっているはずなのに、何故かそうは思えない、感じられない。
これ、一種の「心気障害」みたいな感覚なのかなーと、後になって思ったわけです。
あと、主治医は予後に関しては一切触れません。
プリントしたデータを見せて「こんなものですか?」と問うと「それほど悪くはない」と答える。
でも「どれくらい悪くない」のか、こっちはデータで聞いているのだから、数値で答えて欲しいわけですよ。
とても勝手でわがままな言い分ですが、ちゃんと数値で答えてくれないから余計に不安になるんです。
とにかく僕は異形度G3、病期T2という癌であったと一応確定しました。
しかしこれでホッとするわけではない。
次は「転移したらどうなるのか?」が気になって仕方ないのです。
何しろ腎盂の進行癌は、転移したら治療方法がないというのですから。
入院して、退院するまでの間で一番の問題はやっぱり「自分のこと」
しかし退院すれば、身近にいる家族の未来が再び気になってならない。
転移すれば、治療代はどれくらいかかるのか?
どれくらい生きられるのか?
というより「どんな死に方」をするのか?
家族を持ってもっとも避けたいのは「治療が長引いて職を失い借金が重なること」
それで生還できればいいですよ。
でも、それほど家族に負担を強いて死んでしまうのだけは、どうしても避けなければならないことなのでした。
かすかな奇跡のような望みがあれば、家族の判断としてはたぶんすがりつくでしょう。
立場が違えば僕もそうするわけで。
でもその「望み」には、現実的には莫大な費用がかかったりするわけです。
ならば、家族に無用な負担をかけないためには、最悪のケースを知っておく必要がある。
ネットでの闘病記探索が転移している患者さん中心になっていったのは、考えてみれば当然の流れだったのかもしれません。