自己紹介
onai shigeo
性別:男
昭和36年(1961)生まれ

部位:右腎盂
手術:02.01.09 右腎臓摘出
予後:T2 G3 (筋層浸潤)
予防的抗癌剤 1クール

癌の手術から生還して9年目突入。
進行癌だったため、今も年2回のマジに痛い検査は欠かせませんが、癌になったお陰で、重い鎧を脱ぐことが出来たと強く感じます。
今から思えば、僕は自分自身にカウンセリングをしていた、そうすることで恐怖や不安、そして未来への虚無感から脱出できたのです。

「癌は二度、人を苦しめる」
これが僕のテーマです。
病としての癌に対して、僕が出来ることはなにもありません。
せめて癌から派生するココロの痛みのケアがしたい、それが僕がカウンセラーであり続ける基本だと考えています。

2010年現在、東京都委託事業として、
都内2箇所のがん拠点病院内で
「ピアカウンセリング」を行っています。
東京都がん患者療養支援モデル事業(ピアカウンセリング事業)
(受託事業所:NPOがん患者団体支援機構)
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がん以前以後

腎盂癌(がん)体験記。また、一個人として、カウンセラーとして、癌と生きることの難しさ、その融和、そして、癒しの試みについて考えます。
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絵馬に書く願い
栃木県足利市八幡町に「八幡八幡宮(正確には「下野國一社八幡宮」)」があります。
僕達は「はちまん様」と呼び、子供の頃お祭りがあると毎年のように友達と連れ添って出掛けた、とてもなじみ深い神社です。

この神社の境内の一角に「門田稲荷神社」があります。
子供の頃からその存在は分かっていたのですが、まったく気にかけたことのない、小さな稲荷神社でした。

ところがこの門田稲荷は、地元民なのに知らなかったのですが「日本三大縁切り稲荷」の一つなのだそうです。
更に驚いたのは、僕は一度も見ていないのですが、テレビで何度も取り上げられたことがあるのだそうです。
(ただしそれは、ネガティブで呪術的な「縁切り」の霊地として、デフォルメして紹介されてようです)

確かに奉納されている絵馬には、背筋が凍るような衝撃的な願いが書かれているものもあります。

しかし「縁切り」は、何も「人の縁」だけではありません。
病気との縁を切る、という捉え方もあるのです。

4年前から僕は、この門田稲荷に絵馬を奉納するのが恒例となりました。

自分は信仰心が厚いのか?
と問われれば「厚い」とは言えません。

まだ藁にすがるつもりなのか?
と問われれば、それは否定できますが。

僕は、手術日を第二の誕生日のようなものに感じていて、手術日である1月9日前後に、「自分と友達のため」に何かしたいと考えていました。
ネットで思いを伝え合った癌患者仲間に、現実的には何も出来ないから、何かの印を残したいと思ったのです。
そこで思いついたのが縁切り稲荷への絵馬奉納だったというだけのことなのでした。

八幡神社の社務所で絵馬を購入し、その場でネットで知り合った友人達の名前(それはHNであったりもします)を記し、最後に自分の名前を書きます。

初詣のついでに奉納することもあります。
門田稲荷は、初詣で賑わう八幡神社からほんの少し離れただけなのに、驚くほどの静寂さに包まれています。

「○○と縁を切りたい」
「○○と○○を別れさせて」
そんな人間の深い業が記された絵馬と一緒に
「癌と縁が切れますように」
と書いた絵馬を奉納するのです。

縁切り稲荷で縁をつなぐ。
何だか矛盾してますが、思えば、癌になったのはバチが当たったんだと思っていた僕。
バチが当たると考えるほどの業を、僕も背負っていたのならば、この門田稲荷に導かれたのも、きっと何かの縁なんだろうなと思うこともあるのでした。
| 癌について思うこと | 21:54 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |









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